福岡高等裁判所 昭和43年(う)482号 判決 1969年1月29日
控訴人・被告人 佐藤清章
弁護人 高良一男
検察官 松尾俊夫
主文
本件控訴を棄却する。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人高良一男提出の控訴趣意書記載のとおりであつて、これに対する当裁判所の判断はつぎに示すとおりである。
一、弁護人の控訴趣意第一点について
所論は原判示各売春婦はその自由意思により選定した住所を別に有していて、その発意により売春を企てて原判示各客待ち場所に通つていたもので、無断欠勤により制裁を受けたこともなく、中途無断外出をあえてしなかつたのも専ら稼ぎの多きを望んだ同女ら自身の事情によるものであり、しかもその部屋代は同女らにおいて各自醵出しており、売春の場所の指定についても被告人やいわゆるポン引きの介入は全くなく、いわゆる身代の四割を自己の利得としていたのに、原判決がこれに目を蔽い本件を売春防止法第一二条に該当すると認定処断したのは、事実を誤認し法律の適用を誤つたにほかならないというのである。
しかし原判決の挙示引用にかかる証拠によれば、原判示事実はすべてこれを認めるに十分であり、ことに本件売春の業態は、被告人が雇い入れたポン引きをして被告人の指定した福岡市内の一定の場所(立て場という)でタクシー運転手が遊客を勧誘してくるのを待ち受けさせ、車中これと身代等のとりきめをした後売春婦の待機する被告人指定の原判示場所(集会所あるいは帳場ともいう)付近まで誘導した上売春婦をそこから同行して顔見せをすませ、遊客あるいは売春婦の指示する旅館等に送り届けて売春をさせるという、いわゆる立て場売春、通い売春という仕組みになつており、売春婦をして一定の時間帯被告人指定の集会所に右ポン引きの呼出しがあればいつでも遊客の求めに応じうるよう待機させておくことは、必須不可欠の要件をなしていたこと、そのため被告人は原判示各集会所を設定するにあたり時にその物色を売春婦に依頼し、その賃借名義を売春婦あるいはポン引きの名義をもつてし、その賃借料等に売春婦の醵出金を充てたこともあるが、それらは取締りへの警戒、出費の軽減を意図した便法たるにとどまり、集会所の最終決定権はひとりこれを掌握し、売春婦において勝手に移動変更することを許さなかつたこと、そして売春婦として使つてくれとの申出を受けた際も毎日午後八時から翌日午前三時までの長時間指定集会所に待機することを雇い入れの条件として徹底確約させ、無断欠勤に対しては罰金の制裁のあることを告知し、遅刻あるいは中途無断外出をした場合は、ポン引きによる呼び出しの順番が後順位となることを周知させ、遊客との紛議をさけるため必らず一回は売淫を行ないそのあと集会所に帰来し次の客を待つよう申し渡し、かくて原判示各売春婦をして原判示各長期間にわたり原判示各集会所に出勤待機させて売春させたこと、なお身代はあげてポン引きにおいて遊客よりこれを受けて被告人の責に帰せしめた後、被告人自からあるいはポン引きをして所定配分率にしたがい各売春婦に分配したことが認められるので、売春防止法第一二条の趣意に鑑み被告人の所為はまさしく同条の要件を充足するものというべく、原判示売春婦においてたまたま他に寝食起臥の場所を有していたとしても、それは本罪の成否に毫も消長を来たすものではない。記録ならびに証拠を精査しても原判決に所論のような事実誤認、法律適用の誤は認められないので、論旨は理由がない。
一、弁護人の控訴趣意第二点について
所論は被告人の現況にてらすと原判決の量刑は重きにすぎて不当であるというのであるが、記録ならびに証拠に現われている本件犯罪の全態様ことに売春婦の数、管理売春の期間、被告人の利得額、その他被告人の年令素行、経歴前科関係等諸般の情状にてらせば、所論の事情を十分参酌考量しても原判決の科刑は相当であり、所論のように酷に失するものとは認められない。論旨もまた理由がない。
よつて刑事訴訟法第三九六条により本件控訴を棄却することとし主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 岩崎光次 裁判官 渕上寿 裁判官 伊東正七郎)
弁護人高良一男の控訴趣意
第一点
原判決には重大な事実の誤認、法令の解釈適用を誤つた違法があり破棄しなければ著しく正義に反すると思料します。
原判決には挙示の証拠に依り本件を管理売春と認定して居りますが其は次の理由に依り破棄を免れないと思料します。
(一) 本件に於て被告人が自己の占有、管理又は、指定する場所に売春婦等を居住させたと認められる証拠はない。却つて売春婦として働いた川添スミヱ等の司法警察員、検察官に対する各供述調査の記載、原審証人福成スミ子等の証言に依り明らかな通り本件の売春婦は全部自分の自由意思に依り定めた住所があり、その住所から被告人が借り受けていた客待ちの場所に通つていた事実が認められる。
(二) 売春婦達は精神的、肉体的に何等の拘束も受けていない。
(イ) 川添スミヱ等本件の売春婦は自分が直接被告人と交渉するか又は他人の紹介を得て被告人と交渉の上売春婦として稼働する様になつた事実は証拠上明らかであり、売春婦として働く様になつた経緯は家計が苦しい為とか「金になるから」と云う点にある様でありますが何れも自分自身の自由意思に依るものであります。
(ロ) 前記の通り売春婦は各自の住所から客待ちの場所に通つて居りますが遅刻した場合と無断欠勤の場合制裁金を徴収する制度があつたかどうか売春婦の供述は一致して居りません。
然し遅刻や無断欠勤したので制裁金(調書には罰金と記載されて居ります。)を徴収されたとの供述記載はありません。此の点からして前記制裁金制度が現実に実施されていたとは考えられない。
(ハ) 客待ちの場所から無断外出を許されなかつた旨の供述記載と無断外出は自由だつた旨の供述記載は相半ばして居ります。然し此の点に付いて林礼子の供述調書中「出勤して待機中の出入りは自由だつたが何時客がつくか判らんので実質上は常時待機して居た」旨の供述記載があります。売春婦としては身代欲しさに出勤して来て居るのですから何時自分に客がつくか判らない。外出中客があつたのに他に廻され、外出先から帰つては来たがとうとう客がつかないままになる場合も考えられるので無断外出する事は売春婦自身が右の事情からして控えていたと見るのが相当と思料します。
(三) 売春の場所に付いては被告人や所謂ポン引は介入していない。
売春婦はポン引からお客を紹介され交渉が成立した場合、お客か、売春婦に於て性交の場所を選定して居り、被告人に於て売春行為をさせる場所を指定していた証拠はない。従つて本件は売春行為に対する支配もない。
(四) 客待ちの場所は転々と変つて居りますが部屋代として売春婦が各自一人、一日一〇〇円の割で醵出して居り、その部屋はあくまで待機の為の部屋であり、特定の売春婦の住居、性交の場所でない事実も証拠上明らかである。
(五) 身代の分配は大体経営者二割、運転者四割、売春婦四割となつて居り、管理売春の業者に見られる分配方法とは大分異つて居ります。
以上の事実を彼此綜合して考える時本件を管理売春として問擬した原判決は売春防止法第一二条の解釈を拡大したか又は重大な事実の誤認があり到底破棄を免れないと思料します。
第二点
原判決は刑の量定不当と思料します。
被告人は不遇の中で成人して居る様であります。前科調書記載の通り前科があります。然し実兄である原審証人黒塚昇は右前科の犯罪事実は全く知らない様であります。漸く実兄とも会う事が出来、現在は兄昇と同会社に真面目に稼働して居る被告人に対し懲役壱年罰金二〇万円の刑は余りにも重いと思料しますので何卒原判決破棄の上今少し御寛大な判決を御願いします。